07

 世論はいい。
 〈区外〉であろうと〈区外〉であろうと、しょせんは人事であり彼等にとっては単なるヒマ潰しのお祭り騒ぎにしかすぎない。
 だが夜香一族にとっては一族の存亡に関わる問題に発展する恐れがあったし、娘の両親からすれば娘が吸血鬼と共にいるということに、気も狂わんばかりの不安な想いを抱えているに違いない。
 それに二人を捜しているのは夜香一派や警察のみならず、賞金稼ぎも動き出していると聞くし、必ずしも中には好意的な動機で動いているとは限らない者もいるだろう。
 むしろそちらの方が多いかもしれない。 
 それでなくても自分の身を守る術さえ持たない娘と、この怪異と妖魔の跋扈する魔都に連日一緒にいるのだ。
 昼の間は全く無防備になってしまう吸血鬼の彼に、彼女をどこまで護りきる事ができるか。


 彼等はおそらく、この〈街〉から出てはいない。
 夜香の勘であった。
 そしてそれは、おおかたの住人の見解でもあった。
 〈区外〉に逃れる術はない。
 彼ら二人は目立ちすぎるし、〈区内〉よりもかえって見つかりやすいだろう。
 この表面的にはとても限られた地域のように見える〈魔界都市〉は、実は今でも計り知れないほどの謎を多く秘めた、迷宮ともいえる魔空間なのである。
 絶えず変化を続け、正確な地図を作る事など不可能だとされるこの魔都は、この上なく危険な場所であると同時に、身を隠すにはもってこいの場所といえた。
 だからこそ全世界から、指名手配中の犯罪者達がこぞってこの街に押し寄せるのは、そうした事が理由であるのだ。

 だがそうした反面、この〈街〉にそのまま留まる事は、ラインハルト自身の首を締め上げる事に繋がる。
 何故ならば彼は、夜香のもとを離れたとしても、この〈街〉に存在する吸血鬼なのである。
 人間を襲ってはならないという鉄の戒律は、どんな理由があろうとも適用された。
 たとえ相手の娘が望んだとしても・・・・・。




「彼等は、本当に好きあっているのかな?」
 これまでのいきさつも聞いて、せつらはぽつりとそう洩らした。
 この若者がそんなことを口にするのは珍しいが、感傷的な口調ではない。
 当然二人が手に手を取り合って逃避行をしているわけなのだからそれなりの覚悟があるのは判るが、どうにも納得ができない、といった感じである。
 これには夜香にもわかりかねた。
 吸血鬼の“恋”は、狂恋のそれに近い。
 一度真剣に心の底から愛してしまった相手への想いは、共に滅びようとするものであれ、共に生きようとするものであれ、そう簡単に覚めるものではなかった。

 なまじ愛情という感覚を知らないため、一度それを知ってしまい身を焦がしてしまうと、現実のなにもかもがその相手中心の世界となってしまう。
 その恋愛に対して一途過ぎるほどの想いは、ある意味で人間よりも遥かに純粋といえる。


 夜香は初めてラインハルトに会った晩のことを憶い出していた。
 飢えに苛まれながらも、それよりも愛した若者を失った哀しみでやつれ果てていた青年。
“自分こそ、もっと早くこの街について知っていれば良かった。そうすれば彼の病気を治せる医者が、この街に来ればいることも判っていたでしょうに・・・・。”
 夜香達よりも明るい色の瞳に、昏い翳を落としながらそう言った。
“彼がここに来るように言ったのです”
 ラインハルトは、そうも言った。
 夜香はふと、彼がまだこの〈街〉に留まっているとするならば、身を隠すためでもなんでもなくて、実はそれが一番の理由なのではないか?、と思えてきた。

 それに彼は本当に〈戸山住宅〉を出て行くつもりだったのか?
 確かに置手紙はあったが、彼の荷物はそっくりそのまま残っていたのである。
 ミハエルの肖像画もそのままに―――。

“彼等は本当に好きあっていたのかな?”
 これも違うのではないかと、夜香にはだんだんとそう思えてきた。
 てっきり駆け落ちしたのだと思い込んでいたが、実はとんでもない間違いを犯していたのではないか?
 娘は一緒について行くくらいだが確かにそうだろうが、だがラインハルトの方は・・・・・。



 その時、かりん、という小気味のいい音がして、自分の考えに没頭していた夜香は顔を上げた。
 見るとせつらがカレンダーを眺めながら、品川巻きを口に運んでいる。
 なまじの美貌なら、口に何かを運ぶという行為はエロティックな光景として映るが、せつらくらいの桁外れの美貌ともなってくると、見てはいけない信じられないものを見てしまった気分にさせられる。
 実際、夜香もそんな気分で茫と見つめていると、せつらがおもむろに口を開いた。

「もう、五日経ったよね」
 彼等が失踪した晩からの日数のことを言っている。
「はい」
 そのことに気がつき、夜香は慌てて答えた。
「急いだ方がいいかな?」
「はい」
 夜香は真摯な面持ちで頷いた。


 ラインハルトは失踪した晩は、〈食事〉を摂っていなくなっている。
 だからしばらくは、飢えに苦しまなくてすむのかもしれない。
 それに吸血鬼の飢えに対してギリギリまで我慢できる、強靭な精神の持ち主であることも判っている。
 実際のところ、まだ吸血鬼に襲われたという被害届けは警察には出ていない。
 娘の血も、まだ吸っていないのではないかと思われた。
 何か妖物とかの血で空腹を満たしているのかもしれない。
 だがミハエルの時ですら、彼は人間を襲わずにはいられなかったのである。
 吸血鬼にとって人間の血を渇望することは、人間にとって睡眠をとることに等しいからだ。
 ましてや若い娘が始終側にいるとなると・・・・・。
 自ら望まないにも拘わらず、娘の咽喉に牙を突き立てないと、どうして言えるだろう。
 
 黒衣の若者は立ち上がって、ハンガーに掛けてあった黒いコートを外す。
 それを羽織ながら、吸血鬼一族の若き当主のほうに向きつつ言った。
「彼を捜す、で依頼はいいかな?」
「はい」
 夜香は全幅の信頼を込めてはっきりと返事をした。
 この若者さえ乗り出してくれれば。
 たとえどんな結末が待っていようとも―――――――。


「できたらその娘さんも、よろしくお願いします」
 せつらは口元に笑みを浮かべながら、
「料金は一人分でいいよ」
 そう話しながら、裏口の玄関へと足を向ける。
「お願いします」ともう一度言いながら、夜香も慌てて後を追う。
 
 そう。
 どんな結末が待っていようともそれを見届けるために、二つの魔人の影は夜の闇へと消えていくのだ。
 そして新たなドラマが展開してゆくのであった。


                           Fin



                         
◆後記◆
 これは1997年の夏コミ用に出した同人誌 【ブルースへようこそ】 の中に収めた小説です。
 内容に割と修正や加筆はしましたが、おおまかなストーリーは変わっていません。

 加筆した部分は、〈魔界都市〉と〈区外〉との対立の状況や、インターネットの部分を小説に盛り込んだという点でしょうか。
 この小説を書いた時点ではPCも持っておらず、インターネットをした事がなかったのでそこらへんの状況がよく判らず、廻りの知人ではHPをしている連中もいたのですが、やはり自分でよく判っていないと小説には書けないということもあり、小説内には登場していなかったのですが、今の時代にインターネットは不可欠であろうと加筆しました。
 最後までお読み戴きまして、ありがとうございます。


 原作様の 『魔界都市ブルース・シリーズ』 には吸血鬼と人間の恋を描いた 『夜叉姫伝』 がありますが、どちらかというと 『吸血鬼ハンターD・シリーズ』 の 『妖殺行』 からの影響で、この小説を書こうと思ったように記憶しています。
 私は本当を言うと本来、吸血鬼という素材そのものに興味は持っていないのですが、御大の書かれている吸血鬼の世界といいますか、吸血鬼と人間という異なった種族間の恋愛というものに、とても魅かれたのだと思います。
 そのせいか・・・思わず、オリ・キャラが出しゃばる。出しゃばる。 (爆★)
 でも当時書いていて、とても愉しかったように思います。 (^.^)
 何か別の機会があれば、オリ・キャラで作品の形にできれば・・・、と思いますね。

 ところでお話が序章で終わっちゃてるんですね・・・。これって・・・。(遠い眼・・・★)
 これ以上は私にはとても無理でした。 というのも内容がシリアス過ぎるもので、それはやっぱり御本家の領分であろうと・・・。(あうう・・・逃★)
 確か 『死人機士団』 で、せつらとドクターの噂というのが原作でありまして、それを聞いた夜香がどういう反応を示すのかというのが、一番書きたいポイントでしたので、あんまり終わらせることを目標としていなかったようです。
(これが言い訳になるとは、とても思えない・・・★) 
 結末だけでも、いずれ書いてアップできたらと思っています。

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