03+1

 しかしいつまでも立ち去ろうとせずに、せつらの調理の様子を眺めている。
 面白いと思っているのだろう。
 いい加減横でずっと見られていては目障りだと思ったのか、せつらはあっちに行っておとなしく炬燵に座って入っていろ、と〈魔界医師〉を横目で睨みつけた。

 メフィストは口元に薄く笑みを浮かべて、すいっとせつらの脇を離れると居間の方へと身体を向けた。
 これでようやく落ち着いて作業ができるよ、とぶつぶつ独りごちる若者の背に、慈しむような視線を一瞬投げかけると、白い姿は居間へと消えていった。



 なんのへんてつもない光景でもそこに登場する配役によっては、実にエキセントリックでロマンティックなストーリー展開を期待したくなってしまうものだ。
 ましてや秋せつらとドクター・メフィストが夕餉を囲んでいる図となると、これはもう・・・・・。
 だが、期待は常に裏切られるものである。
 六畳の居間では、これといったドラマを展開することもなく粛々と食事が行われた。
 それもむべなるかな。
 メフィストはせつらに釘を刺されている。
 ここでまた御機嫌を損ねようものなら、今度は何日、不貞腐れられることか。
 わざわざ〈魔界医師〉が出向いたかいがないというものである。
 〈新宿〉の様子がおかしいと、太った女魔導師からも連絡を受けたことだ。
 そしてそれがいったいどういうものであるのか、彼等にだけ解る事なのかもしれない。
 もっともこの医師の場合、ただ単にせつらの顔を見たかったというだけかもしれなかったが・・・。


「私が君の料金も支払おう」
 食事を終えてそう申し出るメフィストに、せつらは「いいよ」とお茶を湯呑み茶碗に注ぎながら首を振って見せた。
「うちに来た以上はお客さんさ。お金を貰うわけにはいかないよ」
「お詫びの件が残っている」
 せつらはまだそんなことを言っているのかというように上目使いで白い医師を見つめたが、でもまあそういう事ならと首を縦に振った。
 自分の得になる事には遠慮はしないという、ここらへんは実に商人らしい割り切った発想をする若者であった。

 そのあと二人はお茶を飲みながら世間話を始めた。
 この二人の世間話なのだから、内容的にはかなり物騒なものが多いのだが、居間の雰囲気は穏やかで平和そのものだった。
 お互いに相手が何を考えているのかわからないと言いつつも、メフィストが以前言ったように気が合うという事だけは、自他共に認める点であるようだ。
 お腹が満腹になったのもあるだろうが、せつらの態度もずいぶん軟化している。
 腹立ち紛れに取った“休暇”にも、そろそろ飽き始めている頃かもしれない。
 久しぶりの話し相手を愉しんでいる様子だった。
 メフィストにとっても、思わぬ幸福な時間を過ごす事となった。



 メフィストが病院へ戻るというのでせつらはわざわざ(!)玄関まで見送りに立ち上がった。
 白い医師が手を伸ばしただけでドアノブに触れることもなく、裏口の玄関の扉は音も起てずに開いた。
 せつらは気にもしない。
 白い医師は玄関に立ちながら、せつらの顔を見ながら訊ねた。
「明日は健康診断の日だが、来るかね?」
 せつらは眼を宙に浮かせ、少し考えながら頷いた。
「ああ・・・、うん。行くよ」
 その答えを満足げに聞くと、白い医師は外へと一歩踏み出そうとした。
 と、その時―――――。
「おまえ・・・、何で僕のことが好きなの?」
 白い姿はゆっくりと振り向いた。
 少し意外そうに・・・。
 せつらが自分にそんな事を訊ねるなど、思いもかけなかったに違いない。 


 深い黒瞳が、黒衣の若者を凝視める。
 家の中には月の光が滑り込んで来ていた。
 まるで祝福するように。
 まるで嫉妬するように。
 白と黒の麗人の、その思いもかけなかった、そして宿命的ともいえた邂逅を讃えていた。
 時は息を潜めるしかなかった。
 恥らって退散したかったのかもしれない。
 この人達には時間は必要ないのだと・・・・・。
 世界はしばし夢を視る。
 乳白色に溶け込んだ、朧気な輪郭だけを留めた神々の伝説の夢を。
 その夢には終わりがない。
 そして始まりもない。
 見果てがなかった。
 夜霧を含んで吹き込んできた風が、黒衣の若者の髪を嬲る。
 澄み切った瞳が白い姿を捉えている。
 なにげない、素朴な質問だったのだろう。
 日常会話のような・・・。
 白い姿は沈黙していた。
 たとえ言葉で発しなくても、そこにはどれ程の想いが込められていたことか。
 それが黒衣の若者に伝わったかどうかは、解らないが・・・。
 メフィストは静かにせつらを凝視めていた。
 柔らかな眼差しだった。
 そのまま質問には答えずに白い残像をひくように、夜の街へと消えていった。
 後には夢の名残りを惜しむような、月の光が破片のように煌いていた。
 黒衣の若者は瞼を閉じている。
 そのうちにぼそりとした呟きを、透き通るような唇の間から洩らした。
「そろそろぐーたらしているのも飽きたしな・・・、明日からまた仕事に戻るかな」
 眼を開けると玄関の扉を閉め、黒衣の美影身は奥の居間へと姿を消していった。


                          Fin



                        ◆後記◆
 この小説 『安息日』 は 一番最初の同人誌 【魔天】 に収めたもので、このシリーズのパロをやるにあたって初めて書いた小説です。 流石に最初のものだけあって未熟な部分も多く、加筆・訂正も随分したのですが、ストーリー展開はそのままにさせて戴きました。 最後までお読み戴きまして、どうもありがとうございました。

 今改めて読み直すと何といいますか・・・、いや~恥ずかしいですね。 すごく。 (赤面★) もうドリーム満開っていう感じで、これはいったいどこの妖精の国のお話ですか?、っていうくらい夢見過ぎです。
 しかも、砂吐きそうなくらいに甘々だし・・・。 (爆★) 最初のものなので御容赦願えれば、と思います。(^.^;)
 私はどうにもせつらというキャラの事が好きで好きで堪まらないらしく、この小説を書いた時はたぶん、こんな斬った張ったの生活ばかりをしているのだけど何か休ませてあげたいというか、普通の人間として暮らせる可能性についてというか、何かそんな事を考えながらこの小説を書いていたのじゃないかと思います。
 きっとこんな生活ばかりだと疲れてしまうんじゃないかとも、思ったりして・・・。
(実際にこの同人誌に載せていた漫画 『童夢』では、もう一つの可能性を持った子供のせつら、という設定の御話を描いていました)
 まあ、原作のせつら君はもっともっと図太いでしょうし、遥かに何を考えているのか判りませんが・・・。 (^.^)

 原作様の『ブルース』も、ここしばらく御無沙汰が続いています。 (2006年3月現在)
 そろそろ〈新宿〉に住む魔人達に逢いたいですね。