ふわりと黒い魔鳥のように舞い降りた若者の足元には、おびただしい血の跡と、いくつもに分解した骸が転がっていた。
〈区外〉では当然大騒ぎになる状況ではあるが、この街では余りにもありふれた出来事過ぎて、少しも珍しくも異常なことでもなかった。人々はつかの間眼を留め、次の瞬間には何も無かったように忘却してしまうのだ。
“生”も“死”も、等しく存在している・・・・・・この街─────〈新宿〉では・・・。
だがこの〈新宿〉においてさえも、その若者の容貌は尋常ではなかった。尋常ではないというのは、人間の持つものではないと言い換えることもできる。
かろうじてその若者に匹敵する美貌の持ち主といえば、区役所通りに開業している病院の白い院長くらいのものだろうと誰もが噂している、彼の名は・・・――――――秋せつらである。
三日ほど前から前から猛烈な寒波が襲っている〈新宿〉であったが、ずっと降り続けていた雪も一時止んだとはいえ、この凍てついた夜にその美貌は恐ろしいほど冴えわたり、この世ならざる妖美な情景をかもし出していた。
一面に何もかも覆い隠した雪景色の白、血溜まりの生々しいほどの緋色、黒衣のコートをひるがえして佇む若者。
こんな冬の夜に相応しい、月の女神ですら嫉妬を覚えかねない月輪のような美貌。
しばらくしてその美貌から徐々に刃物を思わせるような鋭利な“気”が失せ、茫洋とした人間臭い面持ちが返ってくると、せつらは少し哀しみを湛えた眼差しで足元を見下ろしている。
どんな存在でも生きる事を許された街・・・・・・。
他のどの場所でも生きる事を許されなかった者達が集う街―――――〈新宿〉。
ならば、他のどの場所でも死ぬ事の叶わなかった者達が、滅ぼされにやってくる街でもあるらしかった。
通常なら、この若者が倒した相手の敵の“死”を悼むことなどはあり得ない。なのに今倒したばかりの相手の側に静かに佇み、まるで死者を見送っているかのように、そっと瞼を閉じているではないか。
祈りを捧げるように・・・、救われなかった魂が安らかに逝けるように・・・・・。
斃すことの不本意な相手だったのかもしれない―――――、せつらにとってみれば。
例え相手が望んだことにしろ・・・。
気が付けばいつのまにか再び雪が、ちらちらと降り始めていたようだった。
黒衣の若者の頬を冷たい片鱗が掠めていく。
せつらは眼を開け、宙を振り仰いだ。
綿雪の上に残されたハイヒールの儚い足跡。
西新宿から姿を消した清掃者。
恋人の死を見とどけた不死身の巨人。
いつも、こんな雪の日だった。
そしていつもそれぞれの頭上に、この街の運命の女神は審判を下してきたのである。
彼らが何の罪を侵さなくても。
そしてそれに立ち会ってきたのも、いつもこの若者なのであった。
一片、また一片と、雪は分断された骸を覆っていった。
たとえ一時止むことがあっても雪は降り積もり降り積もり、何もかも無かったことのように全てを隠して、いつか忘れさせてくれるのだろうか。
「春はまだ遠いか・・・・・・」
そんなことを、ぽつりと、この若者は呟いたのかもしれない。
「今日は聖夜だ。しかも年末から正月にかけて浮かれ気分の観光客も多い。いくら独り身のひがみとはいえ、つかの間の幸福な気分に浸っている彼等の愉しみを奪うこともなかろう」
皮肉な内容にそぐわず天上の黄金の竪琴を爪弾いたような麗音に、せつらはうんざりしたように振り返った。
しらっと、白い影を凝視める。
気配を消して背後に立つなんて、何て悪趣味な奴なんだ、と言わんばかりの表情で、
「そういう莫迦騒ぎをしていたために救急車で担ぎこまれた大量の患者の対応に、今頃はどこの病院だって忙しいはずだけど?おまえのとこだけ、そんなにヒマなの?」
“暇”というところを特に強調しながら、黒衣の若者は茫洋と厭味を放った。
その白い影の主にそんな物言いができるのは、世界中を捜してもこの若者しかいまい。
雪よりも白い影はその恐るべき蛮行に対して余裕すら感じさせるように、うっすらと微笑を浮かべながら、
「そういうせんべい屋も御歳暮のシーズンで忙しいはずだが?この御時勢、君のところもよほど不景気とみえる」
軽くお返しをする。
そして足音をたてることもなく、せつらの傍らへと近寄った。
ドクター・メフィストであった。
この院長もこんな軽口をたたく相手は、黒衣の若者ぐらいしかいない。
「大きなお世話だよ」
対してこちらの若者の方は判らないが、やはりこんなふうにこの若者が感情を吐露できる相手も白い医師に限られる、というところなのかもしれない。
いくらか荒い口調だった。
不本意な戦いの後は、このいつもは春風駘蕩といった風情の若者といえども、いささか気が立っているからなのだろう。
そこへ八つ当たりの対象が現れた。
“こんなところに、のこのこ貌を出す奴が悪いんだからな・・・”
そっぽを向いて不機嫌そうにしている。
聖夜だろうがなんだろうが、こっちは戦いさ。
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