04

『せつら』
 せつらは官能の波に溺れそうな意識の中で、白い医師が自分の名前を呼ぶのを聴いた。
 この“行為”は治療のためのものである筈だった。
 だがせつらの名前を呼んだメフィストの声の響きに、嘘はなかった。
 全身で愛されているようだった。
 達きたい・・・、この気持ちのままで。
 せつらは心の底から、そう願った。 
 しかしメフィストはそれ以上、せつらに望みはしなかった。
 今のせつらの状態が、せつら本来のものではないと承知しているからだ。
 だから、言った。
「私の“名前”を呼びたまえ。それで君は“呪縛”から開放される」
 それですべて終わるのだ。何もかも。
 元のせつらに戻れるのだろう。
 この狂おしいような感情も、一時の病のものとして忘れ去ってしまうことが出来るだろう。
 いつもの日常に還ってゆけるのだ。


 せつらは確かにメフィストの言葉を聴いたようだった。
 濡れた唇の間から、微かにメフィストの名前を呼んだ。
 メフィストは静かに確かめるように頷くと、せつらから身を引こうと上体を起こした。
 すると、思いもかけない事が起こった。
 せつらがメフィストの首に両腕を巻きつけると、その身体を引き寄せて、メフィストの耳元に囁きかけた。
「続けろ・・・」
 せつらの声は熱く、掠れていた。
 艶やかで、ぞくりと身を震わせる様な官能的な声音。
 これが、秋せつらのものとは、とうてい思われない。
 今度はメフィストの身体が硬直する番だった。

 “呪縛”は解けた筈だ。
 なのに、何故?

「メフィスト・・・」
 絡み付くように熱く、促すようなせつらの声。
「早く、続け・・・」
 先程までの白い医師に翻弄され情欲に流されていた時と違って、はっきりとした意志が瞳の中に感じられた。
 それはもうすでに、妖花の魔力によるものではなかった。
 それにも拘らず官能の汗に濡れ光っているせつらの美貌は、先程とは比べものにならないくらいに淫猥に、より一層に鮮やかに輝いてみるのである。
 せつらの唇が微かに告げる。
 欲しい・・・。
 そしてもう一度、メフィストを抱き寄せ、両足をその身体に巻き付かせる。
 メフィストの心は決まった。
 巻きついていたせつらの足を?んで腰ごと高く上げると、そのもっとも奥の秘部へと侵入していった。
 せつらが細い悲鳴のような声を発した。
 メフィストがせつらの唇を自分の唇でふさぎ律動を開始すると、せつらが堪らないように背をしならせ、ふさがれた唇の間からくぐもったような声を上げた。

 絶頂を迎えたのだ。
 なおもしばらくメフィストはせつらの中に侵入をし続けると、せつらは四肢を強張らせてもう一度絶頂に達し、次いでメフィストも終えたのであった。



「あの“花”はそれを見て香りを嗅いだ者の、心の中の“怖れ”を引き出し、精神のバランスを狂わせる。たいてはその場で“花”の餌食になるか、運よく逃れた者も“花”の効果は悪夢となって表われ、やがて発狂死に至るケースが多い」
 患者にどのような症状であったかを納得できるように説明する、白い医師の銀鈴を振るような声が、淡々と診察室に流れて行く。
メフィストは全く着衣の乱れもなく、玲瓏たる美貌にも何の変化もなく、治療台に腰掛けている。
 せつらは依然裸体のままだったが、タオルケットは胸まで引き上げて治療台に横たわり、頭はメフィストの膝の上に預けていた。
 瞼は閉じられ、ゆったりと安らいだ表情のままでゆっくりと呼吸を繰り返している様は、眠っているようにもみえる。
「君が怖れたのは、私との関係のことだった」
 メフィストはそんなせつらの顔を、覗き込みながら言った。
 艶やかに光の珠を含んだ漆黒の長い髪が、前かがみになったメフィストの肩を滑り落ち、せつらの顔にかかる。
 メフィストは右手で摘んでそれを除けると、せつらの額にそっと手を載せた。
「君が変わりたくないのならば、何も変わる必要はない」
 優しくせつらの額を撫でていく。


 光量の落とされた診察室の中で、時折メフィストの人差し指にはめた黄金の指輪が光を反射して瞬いて煌めき、メフィストの首から下げている黄金の鎖が触れ合って、微かな音をたてる。
 室外からの物音は、全くといっていいほど聞こえない。
 確か突き当たりの壁面には大きな窓があるのだが、そこからも外部からの騒々しい喧騒や、けばけばしいネオンの灯りなどは、まるで感じ取る事が出来なかった。
 外に世界が存在していないのでは・・・、と思わせるくらいに、外部から遮断された厳粛な空間にいるのは、これまた神々とも魔王とも思わせるような、壮絶な力と美を具現化した二人の魔人である。
 それは完璧な一つの宇宙であり、世界であった。
 他には何も必要がなかった。
 彼等の存在する意味の理由を問うものは、愚か者であろう。


 と、ふいにその雰囲気を壊す者があった。
 せつらである。
 瞼を閉じたままで、珊瑚の色合いに色づいた唇を開く。
「おまえまさか、何か企んだんじゃないだろうな?」
 どうやら眠ってはいないようだった。
「いいがかりだな」
 メフィストはせつらの額の上の手を止め、そっけなく答えた。
「私は確か、無断であの植物園に入らぬように忠告した筈だが、忘れたのかね?」
 いつもの辛らつなやりとりが始まるかのようにもみえるが、メフィストにいつもの冷ややかさは感じられない。
 対してせつらの方も、いささか調子が狂っているようだった。
 立場的に弱いのもあるだろう。
 禁忌を破ったのは、せつらの方なのだ。
 そりゃそうだけどさ・・・、とごにょごにょ呟くだけに止まっている。
 そんなせつらを、メフィストは面白そうに凝視めている。

 そしてふと、眼差しを揺らめかせると、穏やかな口調で話し始めた。
「私は君を誰にも渡すつもりはないが、束縛するつもりもない」
 せつらは眼を開けて、メフィストの顔を視た。
 メフィストが言葉を続ける。
「だがそれは私の思うところであって、君は君のまま、変わらずにいたまえ」
 せつらはメフィストから視線を外し、宙を見つめた。
 
 メフィストと関係を結んだ後も、それほど態度に変化の感じられないせつらであったが、それでもやはり、これまでと同じというわけにはいかないものがあったのかもしれない。
 “夢魔”はそんなせつらの心の部分に侵蝕して忍び込んできたわけだが、それと同時に、なるべくこの事から逃れようとしていた、せつらの“問題”を顕わにする形ともなった。
 果たしてせつらは、変わることを怖れたのだろうか?
 それとも、変わらないことを怖れたのだろうか?

 

 せつらからは何の具体的な返事もなかったが、メフィストは気にしたふうでもなく、再びせつらの額を、前髪を除けるようにして撫でていく。
「八階へ行って休むかね?あそこならここよりもゆったりと、くつろげるはずだ」
 いうまでもなく、メフィストがせつらのために用意した部屋である。
 だがメフィストがこう訊ねてきたのは、“治療”の終わったせつらを追いやるためのものではなく、せつらが行くと言えば、自分も一緒について行くつもりなのだろう。
 せつらは少し身体をもぞもぞと動かして居心地の良いように整えると、メフィストの膝に頭を載せたまま、再び瞼を閉じた。        
「面倒だから、ここでいい」
 そう言うと、気持ち良さそうにタオルケットの上に両手を重ねて置いた。
 その何でもない台詞に、メフィストの言った事に対してのせつらの答えが含まれているような気がして、白い医師は口元に、静かに微笑を浮かべたのであった。

                                 Fin 



                           ◆後記◆
 ちょっと面倒なリンクの貼り方をしてしまったのですが、最後までお付き合い戴きましてありがとうございます。
 かなり前の文章でもありましたので大変拙い作品ではありますが、御容赦戴ければ、幸いです。

 しかし・・・、難しいですね! 『や●い』ってっ!
 本当に、本当に表現力が必要なのだと、つくづく感じましたよ。
 もともと手直しも多かった小説ではありますが、この場面のこれ (何だ?これって?) をどういうふうに書けばいいのか、頭をひねくり回してこねくり回しながら書き進めていったのですけど、これが精一杯でした~。 (ふうっ★)
 それとこの小説は、『想瞬賦』 の後に書いたものだけあって、どうやら続きものだったみたいですね。
 ページに載せながらその事に気付き (←大アホ★) 内容の表現を一部変えてます。
 自分でもどういうつもりで当時書いたのか、いまだに謎です。 (爆★)
 付け足した部分も多いのですが、なるべくなるべく原作のキャラを崩さないように書いたつもりなんですけど・・・、崩れてますね。
 やっぱり。 (当たり前だ★)

 自分にとって BL というのはファンタジーだと常々思っているのですが、それはやはり登場人物達が男であっても当然、現実の男ではないわけで、それは女性にとって都合のいい “夢の世界 ” であるのだと思います。
 実際に男の人が BL を読むと、「なんだ。これは女同士の話じゃないか」 と思うそうで、じゃあ女同士の話でもいいのかというとそうではなくて、あくまでも男同士の恋愛の話ではないと “萌え ” にはならんわけですよ。
 その世界はそういう嗜好のある女性にとっては、実に住み心地の良いお伽の世界みたいなものなんですね。
 自分が介入する事はない、夢物語の世界。
 だから BL は、あくまでもファンタジーなわけです。
 何人かの男の人に、「なんで、そういのが好きなの?」 と、素朴な疑問という感じで訊かれた事がありましたが、どうにもうまく答えられませんでした。自分としてはそれだけが好きというわけでもないですし、嗜好品の中の一部に過ぎないですしね。
(男の人がどうして AV とかエロ本を見ちゃうのかというのと、似ているような気もしますけど、ちょっと違いますかね???。。。)

 ちなみに 『や●い』 と BL は、やや違うような気がしますが (もちろん接点はありますけど) 、ちなみに今回書いたこの小説は 『や●い』 の方です。
 このような形の小説を書いて、この白黒の御二方の関係を突き詰めて考えてみたかった・・・、というのはあくまでも建前で (いや、もちろんそれもありますが。。。滝汗★) えっと・・・、まあ・・・その、愛情が溢れ過ぎて書いてみたかったのだろうと。。。(^.^;)
 さんざん注意書きは載せていますが、というよりこの HP の造りそのものが結構回りくどいのは同人色が強いからなのですが、読まれて御不快な方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。
 でも、だからこそ自由に表現の許される同人なのだという事も、どうぞ御理解下さいます様、御願い致します。
(理解できなくても、認識の範囲内で結構です)

 何か、今回改めて手直ししながら書いてみて、やっぱし 『ブルース』 はいいなあ・・・、とつくづく思いました。
(何だ?それは?★)
 またこういうの書いちゃうかも。。。いつかね。(笑)

・●

menu